車の社会

8月9日~30日まで 新潟県板倉地区でワークショップ。そして上演をやった。10人以上の参加者。15日間の稽古。ハードだったが実りもあった。何よりも演劇そのものの質を落とさないで上演でき、提供できたのは成果だったと思う。地方都市に行っていつも思うのは、車が不可欠であるということ。車がないとどうにも動けない。結果。車中心の世界が出来る。私も20日間あまり車の運転をやった。ここ二十年くらいでもっとも運転したんじゃなかろうか。玄関出ると車があって歩いていける距離でも車に乗ってしまう。いつも思うことだが、この車の社会が地方都市の疲弊に繋がっていると思う。駅前の閑散。車があるので駅の側は栄えない。町に人が歩いていない。歩かないから細かい町や商店のよさに気がつかない。自分の家から目的地に繋がる。その途中にあるさりげないものには目がいかないのだ。これはもしかしたら恐ろしいことだと思うようになった。車の運転がほとほと嫌になって、自転車を借りて町をうろつくと、もう違うものが見えてくる。自転車降りて歩けば、町の空気が実感できる。田圃の畦道を歩いたが、その心地よさが分かる。といっても日常。一度手に入れたものは手放せないのである。車中毒。車依存症。という言葉が浮かぶ。もしかしたら覚醒剤より性質が悪いのかもしれない。一度はまると抜けられない。地方都市で車をなくしたほうがいいなどと言えば。現実が分かっていないといわれるだろう。便利を手に入れたとたん、そこから抜け落ちるものがあるの典型が地方都市の車社会なのだと思う。シャッター街も地方都市の疲弊も車の依存と無縁ではないと思う。けれどこれが現実で、もし車がなかったら今回の公演も出来なかっただろう。普段俳優で、車の送り迎えがあっての身。ホテルに泊まって公演場所まで歩くなどという経験しかなかったので、今回本当に車のことで色々と考えたのだ。地方の都市に車がなくなったらどうなるのか、SFでも書いたら面白いのではないかと思っている。あっという間にその地方は全滅するかと思いきや、思わぬ発展を遂げたなんてことだってあるのかもしれないのだ。

さて9月 長野の上田で高校演劇の審査員というのをやる。2日で11本の芝居を見て審査する。そして犀の角という空間で「べっかんこおに」を演じます。

今年もあっという間に過ぎていきますね。

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