そろりと秋

10月 食欲の秋です。近所の神社の境内で拾ってきた銀杏が美味い。秋刀魚が美味い、栗も梨もりんごも今だ。食うことだけ考えて一日が過ぎていく、というのが本当は人間らしい生き方かもしれません。食うためには、金が要るので、色々と苦心惨憺し、金稼ぎに奮闘するのだけれど、食うものがふんだんにあって住むところもあったら、人間はそれでも働くのだろうか、などということをぐだぐだ考えていると、教育費だの家賃だのなんだのと、ただ家でぼんやりしていても金が出て行く。働かなくてはと、焦る。が、やらなければならないことが山ほどある。けれど、遅々として進まないで、一日が過ぎてゆき秋深まるのです。なにもしなくても腹は減り。食い物は美味い。困ったものなのだ。
久しぶりに、戯曲を書こうと決意して。調べ物を始めた。男と女四人の物語だ。きっかけは学校で自殺の問題を考えたりする授業をやったこと。20人足らずの生徒の中で三分の一が自殺を考えたり、決行しようとした経験を持っていた。これは本当に驚くことで、中に一人、将来に希望が持てないと言った人がいた。そのことに対して他の生徒が甘えじゃないかと言った。
「だから、議論してもしょうがないんだよ。甘えと言われれば甘えなんだ。自分にしか分からない問題なんだよ」と他の一人がやや興奮して言った。そんな議論をしていて、責任はどこにあるのだろうかなんてことを考えた。戦争責任者は処刑されたりした。ではその後の戦後。今の日本を作って、子供達に未来に希望が持てないなどと言わせた責任はどこにあるのだろう。
責任者。手を上げろ。と言いたくもなる。戦後。60年安保、70年安保闘争。戦った人たちは今の世にどのように決着つけているのだろうか。などということを考えて。男女の愛の問題に重ねて一本の苦い物語を作ろうと考えている。「苦い汗」というタイトルで少しづつ書き始めた。働かなくて、働かなくては・・ほら、向こうでは軍楽隊の音楽が賑やかに鳴っている、働かなくては、と三人姉妹のセリフが巡る。秋が過ぎて、冬も近い。まあ、潜り込むにはいい季節ではあるのです。

高校演劇

長野県の上田で高校演劇の審査をやった。二日で1時間の芝居を11本観て講評するのだが、結構ハードだ。

一本一本新鮮に観たが、なにかが足りなく感じた。今の高校生達が今、この社会でなにを考え、感じているのかそのことの意識が希薄なのだ。

別に政治的なことを言う必要もないのだが、もの足りない。環境の問題でもいいし、エネルギーの問題だっていい。現在日本、世界が抱えている問題は山ほどある。

演劇は社会に異をとなえることも一つの大きな要素でもあると思っている。現在、演劇の世界はほとんどがエンターティメントに流れている。蜷川幸雄さんのスペクタルは私が演劇を始めた頃、心があった。よく蜷川さんに言われた「お前らが普段なに考えてるのか、それが演技に反映するんだ。しっかりものを考えていない奴の演技なんて薄っぺらな紙屑だ」。言った蜷川さんの仕事はしだいに磨耗し形骸化していった。形だけ残ったといっていい。形を作ることがプロの仕事のように思われているが、魂のないものは残らない。ある作家は残らないものを作る。帰りの電車に乗るときには忘れるようなものを作る。それが娯楽というものだと言った。それは一つの決意表明だ。エンターティメントとはそういうものだ。

けれど高校生の演劇にそこを目指して欲しくないのだ。誰かの心の琴線に触れるような作品を目指してもらいたいと思ったりした。

結果的に社会性のある骨太な作品が選ばれて、少しほっとした。

翌日上田犀の角で「べっかんこおに」担当の先生や高校生も来てくれた。

さて、自分を振り返って、なにかがぶれているのではないだろうかと考えたりする。今小説を書いているが、戯曲も書こうと思っている。強者の論理が大手を振って、あからさまな今の時代に小さな楔を打とうと考えて、書き始めた。貧しても、鈍してはいけないのだ。高校演劇を見ながら自分を考えたりした。しっかり考えなければならないのは俺なのだと。

車の社会

8月9日~30日まで 新潟県板倉地区でワークショップ。そして上演をやった。10人以上の参加者。15日間の稽古。ハードだったが実りもあった。何よりも演劇そのものの質を落とさないで上演でき、提供できたのは成果だったと思う。地方都市に行っていつも思うのは、車が不可欠であるということ。車がないとどうにも動けない。結果。車中心の世界が出来る。私も20日間あまり車の運転をやった。ここ二十年くらいでもっとも運転したんじゃなかろうか。玄関出ると車があって歩いていける距離でも車に乗ってしまう。いつも思うことだが、この車の社会が地方都市の疲弊に繋がっていると思う。駅前の閑散。車があるので駅の側は栄えない。町に人が歩いていない。歩かないから細かい町や商店のよさに気がつかない。自分の家から目的地に繋がる。その途中にあるさりげないものには目がいかないのだ。これはもしかしたら恐ろしいことだと思うようになった。車の運転がほとほと嫌になって、自転車を借りて町をうろつくと、もう違うものが見えてくる。自転車降りて歩けば、町の空気が実感できる。田圃の畦道を歩いたが、その心地よさが分かる。といっても日常。一度手に入れたものは手放せないのである。車中毒。車依存症。という言葉が浮かぶ。もしかしたら覚醒剤より性質が悪いのかもしれない。一度はまると抜けられない。地方都市で車をなくしたほうがいいなどと言えば。現実が分かっていないといわれるだろう。便利を手に入れたとたん、そこから抜け落ちるものがあるの典型が地方都市の車社会なのだと思う。シャッター街も地方都市の疲弊も車の依存と無縁ではないと思う。けれどこれが現実で、もし車がなかったら今回の公演も出来なかっただろう。普段俳優で、車の送り迎えがあっての身。ホテルに泊まって公演場所まで歩くなどという経験しかなかったので、今回本当に車のことで色々と考えたのだ。地方の都市に車がなくなったらどうなるのか、SFでも書いたら面白いのではないかと思っている。あっという間にその地方は全滅するかと思いきや、思わぬ発展を遂げたなんてことだってあるのかもしれないのだ。

さて9月 長野の上田で高校演劇の審査員というのをやる。2日で11本の芝居を見て審査する。そして犀の角という空間で「べっかんこおに」を演じます。

今年もあっという間に過ぎていきますね。

カントなどを考える

近頃、カントの本が時々目に付く、大学に行く途中の図書館に哲学書のコーナーがあって、たまたま地下のその図書館の新聞コーナーの横が哲学書の場所なのだが。カントというと有名なのが生涯小さな町から出ないで、自分の周辺で過ごし、毎朝同じ時間に散歩をし町の人たちはカントが通ったときに時間が分かるという正確さだったらしい。このどこにも行かなかった生涯というのに引かれる。日本人だって一生涯小さな町だけで過ごした人はたくさんいたような気がする。昭和30年代まで海外の旅行だって簡単にはいけなっかった時代だしね。で、どこにも行けなかった人たちがものすごく不幸だったかというと、結構な充実だったような気がするのだ。時代が違うといえばそれまでだけれど、カントは家の周りで一生を過ごし哲学していたのだ。そのカントは言葉を疑う。もし人間が思い、考えたことを全て書きとめ、言葉にしたら、いかに悪魔だということがわかるだろうなどということを言っている。
言葉が信じられない。まあ、国会などの答弁を見ていればわかるが,繕った言葉の連続で本音などないに等しい。そうやって世界は出来ていて、本音と違う言葉の中で俺達は生きているわけだよ。そこで思う。演劇も言葉だけれど、近年は身体のことをすごく言われる。今やっている大学も身体科というところだしね。身体の感覚を磨く、身体の感覚を研ぎ澄ます、というか言葉を疑うという姿勢も必要なのかもしれないね。言葉で説明できないものは無意味ではなく、むしろそこのところに真実があるというかね。感受性といったらいいのかな、そこをきちんと見据える教育のようなことが欠如しているというきがする。まあ、いろいろな人が言ってることなんだろうけれど。言葉で説明できる時代が変わったのかもしれない。正論だけで世の中は動くけれど、正論を吐く野郎がとてつもなく嫌な奴で、こいつの言うことだけは聞きたくない、ということも多々あるんだけれど、言葉に出来にくいというか、あいつの言ってることは概ね正しいけれど、あいつの顔を見ているとぶん殴りたくなる、なんてことを言ったら、あの人はどうかしている、なんていわれそうだしね。そこで言葉を選んで、なんとなく虫が好かないなんてことを言わないで、言葉を見つけるというか、なるほどなあ、の言葉を添えるのですね、で、カントさん。人はなぜ生きるのであるかなんてことを生涯をかけて考えた人だと思うのだが、カントの哲学書は難解でよくわからない。よくわからないのをしみじみと読むなんていうのもいいのだけれど、するとだんだん、人はどうして生きているのかなんてことがぼんやりわかったりするのかも知れませんが。
なんてことをぼんやり考える今日この頃。8月には新潟県の板倉区でワークショップ。26日に演劇公演を行う。ぜひ遊びに来てください。そして哲学を。なんてことでもありませんが、資本主義の根幹が揺れ始めているこの時代。最新型の演劇を新潟から発信しようと考えているのです。

足立ベーカリー

三軒茶屋。というか下馬のほうに足立ベーカリーという小さなパン屋がある。ここのパンが激しく美味い。子供の頃食べた味そのまま。しっとりしたパン生地の間のコロッケパン、ジャム。クリーム、アンコの三色パン、生クリームパン、焼きそばパン、サラダパン。ことごとく美味い!他のおしゃれなパン屋のパンが美味くないかといえば、そんなことはないのだが、足立ベーカリーのパンはもう絶滅した、希少価値の動物のような味わいと言ったらいいのか、一口で数十年前が蘇る味なのである。昔、あれほど美味かったのに今ではそんなでもないのに、というのがたまにあるが、足立ベーカリーのパンは今でも美味いのだ。サンケイという店が三茶にある。茶沢道りの入り口。いい場所にある。3Kなどと言うのもいるが、正しくは三恵。なんでもある雑貨屋のような店で、洋服、靴、その他もろもろ。おしゃれとはまったく縁もゆかりもないという店だが、結構はやっている。この店を理解できないと三茶のことはわからない。と私は思っているのですよ。足立ベーカリーもおしゃれではない。が、激しく美味い。というようなことを考える老年世代になったということなんですかね。近頃、本番中に亡くなった俳優がいた。中島しゅうさん。私も何度か見て知っている。私より4歳上だ。二十代の頃舞台で倒れて、救急車で運ばれて、芝居を中止にしたことがある。頭が熱くなって目が回ってそのまま、私は生きていたが、中島さんは亡くなってしまった。無念だっただろうと思う、もうリベンジできないのだから。今日、足立ベーカリーのコロッケパンを食べながら、中島さんのことを思った。自分ももういつ何があっても不思議ではない年頃になったか、などと思う。足立ベーカリーのパン食べながら、こんな俳優がいいと思う。おしゃれではないし、時代遅れなのかもしれないが、誰かの心に激しく残ればなどと思うのだ。三恵も誰かの心に届く店なのだと思う。7月18日(火)一日だけの公演岸田國士を読む。明日から稽古。誰かの心に激しく届くように願って演じようと、足立ベーカリーの三食パン食べながら思うのだ。夏が始まった。神社ではニーニー蝉が鳴いている。この夏も激しく始まった。

戦いすんで

劇団道学先生の公演が終わった。普段レクラム舎の公演より長く、その分充実できるというか、色々と日々変化する公演を楽しめた。評判も上々。中には分かりやすすすぎるなどという演劇好きの人もいたが、わたしの周りも評判がよかった。まあ、皆それなりに達者な人たちが集まって一丸となって向かっているわけだから、当たり前なのだろうけれど。レクラム舎の場合少し欠落した人が入って、バランスが崩れるということになる。私が日常的に欠落した人間なのでそういうことになるのだが・・・・。で、まあ、自分の変なところが確認できたというか・・・。子供の頃、集団行動というものがまったく出来なかった。例えば今回、稽古場で朝ラジオ体操をする。やってみれば有意義でなかなかいいものなのだが、子供の頃、こういうことが出来なかった。皆でやるということに照れがあって逃げてしまう。引っ込みが付かなくなって、結果そういうことをやらない変な奴を集めてたむろするという、日陰ものの道・・・という気分が実は今もあって、急に孤立したくなったりする。これは、どういう心理なのだろう。心理学的に分析すればわかるようなことなのだろう。よく逸れ猿の話を聞く。集団から阻害され結局好きなメス猿と手に手を取って孤立して生きる猿。まあ、全体から言えば芝居などやってる人間は社会に適応出来ない人間なのかも知れませんね。てなわけで今回無事に千秋楽を迎えたわけです。演出も制作もちゃんとプロがいて安心できる現場。役者に専念できた。誘ってくれた道学先生には感謝ですね。さて、次に向かっています。7月18日(火)に南青山のマンダラというところで、岸田國士を読むというのをやります。15時と19時の二回。私、南谷朝子、松坂も出ます。8月4日に新潟県の高田世界館という日本一古い映画館で「べっかんこおに」 8月26日(土)おにひめさまを新潟上越板倉の野外舞台で演じます。8月はその板倉でワークショップも始めます。まあ、他に何かやれと言われても、満足には出来ないので・・・などと書くとなんだかあれなんだけどね。戦いすんでようやく日常。変な話だが変化のない日常の生活がこよなく楽しい。年寄りになったということなのか・・・料理したり洗濯したり。家でビートルズ聴いたりなんてことが・・・などとぼんやりしていると、非日常的妻が帰ってきて、臨戦態勢になったりするのが、いいバランスなのかもしれませんが・・・・・。6月ももうあと少し。あっという間に夏なのでしょう。私には二人目の孫が出来そうです。

稽古の日々

朝から近所の神社に行く。そこでセリフを覚える。一人芝居も神社の社務所を借りて稽古した。芝居というか演じるものは、なにか神にささげるという気分があって、足が神社に向かう。
元々演劇の起源は祈り、不確かなものに対する慄きのようなことが始まりであるという気もする。だからというわけでもないだろうが、神社に行く。幸い広い誰もいない神社が近所にあって、声をいくら出しても誰が何を言うわけでもない。たまたま今やっている芝居のセリフの一説を朗誦していたら、通りかかったおっさんが拍手をした。私は笑って「どうも・・」と言った。
ここ一月。毎日のようにセリフを言うことになっている。テレビや芝居、一人芝居に学校の卒業公演。毎日違うセリフを言う。あとどれくらい、セリフを言う生活というのが続くのかわからない。という年齢になった。もしかしたら最後の芝居かもしれない。などと考えたっておかしくない年齢なのだ。祖父は脳溢血で七十前に死んでいる。死ぬ瞬間まで麻雀をやっていておおいびきをかいて死んだ。箱の点数はプラスマイナス0だったと。後で母がおかしそうに言った。そういう死にかたもあるのだ。と考えると、人間みなそうだといえなくもないが、確率が高くなったというかね・・・・。道学先生という劇団に参加して稽古をしている。私が最高齢。どこに行っても若手だったのに、いつの間にか最高齢。だからといって模範のなにかを見せられるわけでもないのが、残念な気がしないでもない。役どころが屈託を抱えた、諦めきれないじじいである。俺のことか・・・などと思うと辛いが、実は楽しんでやっているのだ。
中三の息子が修学旅行に行く。京都、奈良は昔と変わらないが、服装は自由。普段着。観にいく場所も選べるらしい。世の中は変わっていく。まあ、中学の息子がいるのでそんな情報もわかるのだけれどね。京都の神社で稽古をしたいなどとふと思ったりする。金閣寺でべっかんこおにを。とかね。
さて、6月7日~18日まで。赤坂レッドシアターにて劇団道学先生の「梶山太郎氏の憂鬱と微笑」が開演します。ぜひ足をお運びくださいませ。

昆虫食

長野、新潟と「べっかんこおに」を上演しながら旅をした。長野は信濃大町の麻倉。旅館の人に店を紹介してもらったが、そこが休み。
結局、探して地元の猥雑な店に入った。ふき味噌がお通しで出る。これがめっぽう美味い。フキのてんぷらを頼むと、大皿にこれでもかの量。美味いのだが食べ切れそうもないので、カウンターの若いカップルにおすそ分けしたら、隣のおっさんが、これも食えと進めてくれたのが、昆虫の佃煮。蜂の子、ざざ虫、繭の蛹。ざざ虫と繭の蛹は初めて食べたが、これがなかなかいけるのだ。長野は昆虫食のメッカなのだそうだ。海のない県。昆虫でたんぱく質を補ったのだろうか。昔祖母が近所で捕ったいなごを佃煮にして出したりしていたので、昆虫を食うことに抵抗がない。セミは食べたことがないが、きっと美味いだろうという気がする。人類はいずれ昆虫を主食にする。などという説もある、というか私はそう思ったりするのだ。昆虫が好きで今でも本気で昆虫を追いかけて野山を駆け巡りたいという願望がある。今、新潟の板倉地区でワークショップをやったりするが、自然の色が濃く。昆虫も多様のような気がする。田圃があるのでトンボが多い。
というわけで、新潟で演劇を考えている。結構本気でやろうかと思うのだ。最初はさねとうあきらの作品から入って。小松幹生や清水邦夫。チェーホフなどもやろうなどと考えている。
都会の猥雑さもいいのだが、ややマンネリという気がするのだ。自分の中だけではなく、広く演劇の世界の中で、ややマンネリなのだ。社会の中で都会がマンネリなのかもしれない。
新たな試みを山から始める。そのほうが新しいような気もする。お客さんは最初10人でもいい。やがては千人の人が、やや辺鄙な村にやってきて演劇を見る。というようなことを、鈴木忠治氏は実践してきたわけだ。真似してやるには遅すぎるのだが、鈴木さんたちとは質の違うアプローチを模索したいなどと考えているのですよ。で、昆虫を食べたり、蛇を食ったりしながら考える演劇もいいのでは・・・・なんてね。6月7日~18日まで、赤坂のレッドシアターという、まあ都会のど真ん中の劇場で劇団道学先生というところの20周年記念公演に出演する。競演する人たちは皆達者な魅力的な人たちです。ぜひ足をお運びくださいませ。季節は変わって、もう早初夏の匂い。昆虫たちが活動を開始しました。

若いつもりで

今朝緑道を歩いていたら、自転車に乗った兄ちゃんとすれ違った。避けたつもりが、少し当たってしまった。「気をつけろジジイ!」と言った。むっとしたので「なに?」と言うと。自転車から降りてきて、避けろよ、おっさんと言った。昔ならパンチを入れていたが、我慢した。やられちまったかもしれないしね。少しばかり口論して別れたが・・・思い出しても腹が立つ。私だからよいが、もしもっと年をとった、本当に身体の自由の利かない人だったら、どなられてお仕舞いだったのだろう。バスなどでも、若い人が席を譲らない。携帯いじっている。去年、生まれて初めて席をゆずられて、ちょっと複雑な気持ちにはなった。それにしても、若いつもりで、街中で若い男と口論はそのうち怪我しそうな気もするのだが、我慢できない性分は直しようがない。

若いつもりは続いていて、二年ほど前に小学生相手にフットサルをやったら、ほとんど付いていけなかった。元々運動神経がよく、俊敏なので、転んだりしても怪我をしない自信があった。そんな気分が今も続いているのだ。もうだめだと思う時はくるのだろうが・・・・。社会は少し弱くなった人間に冷たい。本当に弱ってしまうと冷たくしがいがないとでもいうのか。この少し弱ったというところが曲者だね。本人に自覚がないわけだし。可愛げがない。もしかしたら私も少しづつ弱っているのだろう。妻に同じことを何度も言う、などと弱っていることを指摘されたりするけれど、同じことを何度も言うは若い頃からのようなきはするんだけどね。いつまでも若いつもりは嫌われたりするので、自覚して、日々をやり過ごそうなどと、まあ、思ったりするのです。
4月に入って、16日に長野県の上田で「べっかんこおに」新潟でワークショップをやります。ほどほど若いつもりで、演じて、ワークショップをやりたいなと、今日は思うのです。ぶん殴られないでよかったなあと思うことにしました。

春になると

 3月終われば、新学期となって、子供たちは学年が上になる。息子は二人とも成長し、勉強にも意欲的になっている。
「ゆらゆらと 薄桃色の八重桜 初々しさと 共に散りゆく」 上の息子の短歌だ。短歌をやっている妻が感心し「お前は歌人か詩人になりなさい」などと言ったが。
「あ、でも歌人も詩人も絶対食えないのでまず就職し、そのためには・・なんのかんの・・」と虚実入り混じって混乱。息子は苦笑いなのだった。
中2の息子の中学の参観日に行ってきたが、ほとんど見ていられない。同じ中学で、ほとんど暴れまわって、荒れ狂うような中学生活が思い起こされて、なんだか申し訳なくなって、居たたまれなくなる。なんであんなことになってしまったのか・・・今思い返しても不思議な気がする。あの時代に蓋をしないというのが、まあ、ものを書いたりするのであれば腹をくくるしかないのかもしれない。もしかして書いても信じられないような出来事が続いたのだ。春になると思い出す。私の将来はよくてヤクザ。犯罪者になるのも時間の問題と烙印を押されていた。
集団的行動がまったく出来なかった。簡単に言えば、集団をまとめあげるとういう行為が出来る人間と、まったく馬があわないのである。 浮いてしまう。まあ、そういう人間が社会に出て上手くいくわけもないのであるけれど。で、二人の、いや、もう一人。三人の息子はまったく上手く集団生活が出来るのだ。社会に適応している。
春になると、そんな学校でのあれこれが思い浮かぶのだ。それにしても、演劇などというものがあってよかった。などと思うのだ。出会いも恵まれていた。私と同僚の仲間たちは皆一流の大学出。学生運動などの影響で、就職しない人間がざらにいて、だからといってそのことに引け目を感じたりしていなかったという風潮だったからだろう。
春になると、桜咲いて、ちょっとセンチメンタルな気持ちになる。そうだ「ララ・ランド」という映画がセンチメンタルないい映画だった。ミュージカルはいいねえ。外国人の足の長さが目について、踊るのはやっぱり足が長くないとなんて思ったりしてね。今日観た「チア・ダン・・」というのもよかったなあ。知ってる監督の作品だが、春らしい。女の子の映画。観にいったら、周りは中学生と高校生の女の子ばかり。ポップコーンの匂いに囲まれて映画を見るのも・・・なんだか、などと思わないで。春ですから。女の子の映画もいいですよ。中年と老年ばかりが出てくる映画もあるけれど、なんていったらいいか、俺も老年で言うのもなんだけど・・・春じゃあないというかね。
春です。新しい出会いや。新しいことのはじめまりの季節。自分の中で新しいことを始めたいと今日も思っているのです。