台風

台風が来ると、古い昔の記憶が蘇る。瓦屋根だった私の家は安普請で、ひどく雨が降ると雨漏りがした。
ポツンポツンと落ちてくる水滴の下に洗面器を置く。その音を聞いているうちに、停電になる。昭和の時代30年代までは、すぐに停電したものだった。
祖母が蝋燭に火をつける。どういうわけかひそひそ声になったりして、そのうちに母が台所から何かつまむもの、お新香だか煎餅だか、なんだったか覚えていないが、そんなものを持ち出して、ちゃぶ台出してつまんだりした。いよいよ風が強くなると、父が外に出て、トンカンと板など打ち付けて、奇妙にわくわくしたものだった。
台風で昭和の時代の家族のことを思う。東京オリンピックあたりのころ、小さな工場をやっていた家は人の出入り多く賑やかだった。そんな時代もあっという間に過ぎていったのだが。
祖母は大正生まれ、祖父は明治生まれだった。若いころ品川の料亭で働いていたと思われる祖母は、三味線を弾き、小唄を謡い、着物の襟をちょっと抜いた着こなしをしていた。
父が何か、借金だか、商談だかに出かけるときは、火打ち石をカチカチいわせていたのを覚えている。料亭などでは今も残る習慣だ。
面白い祖母で、私が泣いて帰ろうものなら、激怒して、物干し竿持って、子供たちのところに殴りこみ、一人を追い掛け回し、ついにはアパートまで追い詰めて、物干し竿で突いたなどということがあった。
それ以来、たとえ苛められても涙の後は見せられず、泣いて帰ったときは家の周りを何周かして涙の後がわからぬように気をつかわなければならなかった。
台風が来ると、今はいない、家族のことを思い出す。台風はそのために来るのではないかと思うくらいだ。その頃の記憶があまりに鮮明で、台所の染みや使わなくなった氷を入れる冷蔵庫(氷で冷やす冷蔵庫)氷屋が冬でもやってきた。どこかの湖から切り出した氷だと言っていた。そんな細かいこと、障子の破れ目、猫の出入りする障子の切れ目。天井のしみ・・・・家に連なる工場の薄暗さ・・。
柱時計のボーンボーンという音・・・台風が来ると一緒に亡者がやってきて私に記憶を蘇らせるのかもしれない。
台風は、今年はもうお仕舞いなのか、それとも、亡者と一緒にまだ何回かやってくるのだろうか・・・。それはそれで密かに楽しみだったりする。などというと、不謹慎か。
台風の後の、なんだか世の中が掃除されたような気分というのは悪くない。季節はお彼岸で、今日は仏様への花とおはぎを買って、仏壇に。仏壇もたまには拭き掃除をする。

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