稽古

稽古を始めた。今は三人だが少しづつ増えてゆく予定だ。ゆっくりと歩を進めたいと考えてもいる。べっかんこ鬼の拡大バージョンを含めて今年やっていく芝居の方向を見定めてゆこうと思っている。学校も4月から始まる。新しいことを始めたい。引っ越しも終わって少しだがゆっくり出来るようになった。午前中の新しい仕事も始めた。新規まき直しである。戯曲も順調に進んでいる。小説の手直しも3月から始める。二本の長編。一本の短篇をどこかに発表しようと考えて動いている。ファイティング40の続編も構想中で、この作品も発表の場所を模索しているところだ。ここのところ考える。この作品は世に問えるものなのか、芝居も演技も、子どもたちに残せるものをきちんと作っているのだろうか、なんてことをね。今度の家は事務所のようなところなので、本読みくらいは出来る。ここで稽古して体を作って、身構えて進む。隣は空き地で花畑。春には蝶がやってくるだろう。書いている戯曲が蝶の話。縁起が良い。来週から芝居の準備が本格的にはじまる。いい芝居を提供したいと思っていますので、どうぞお楽しみに。今、芝居の世界がつまらないからね。過激で実験的で楽しめる、新たなエンターティメントを目指します。

引っ越し

引っ越しが決まった。生涯引っ越しは何度目だろうか・・伊豆の下田、若林、太子堂、野沢、中野、新宿、代々木、船橋、奥沢、雪谷大塚、二子玉川、等々力、中目黒、三軒茶屋だけでも三度家を変えている。今度もどうやら三茶周辺になりそうだ。こんなに引っ越している人間も少ないのではないだろうか。この年になってまだ引っ越しかと少々うんざりする。エネルギーが減ったのかもしれないね。一箇所に留まれない、そういう運命なのかもしれない。どこで野たれ死ぬのかと最近ふと思う。

地方都市に行くとそこに永住の場所があるとはとても思えない。東京が長い。けれどまあ、住めば都という言葉もあるわけですね。東京新聞の連載が終わって、時々反響がある。書きたいことは書いたというか、一区切りをつけたような気持ちだ。今年が始まって、新たに戯曲の構想を練り始めた。長野県でやる芝居のためのものだ。タイトルは「説教」(仮題)最初に書いた戯曲真夜中のキッチンの続編の気持ちで書いている。真夜中のキッチンは若い夫婦と生まれてきた赤ん坊の話と別れた妻のもとに戻ってきた夫の話の二話。そして今回は中年になった息子と老年の父親の話となる。父は蝶の研究をして新種を発見した男。息子は製薬会社に勤めている。息子の家のキッチンで、二人は真剣に向き合う。伝えたいバトン。受け取らなければならないバトン。そんな話だ。スリラーでもありファンタジーでもありような話にしようと考えている。

引っ越し。物を捨てようと考えて、これがなかなか捨てられない。なにもかも流されて、身一つになったって生きていけと思ってはいるけれど捨てられないで喘いでいる。

老年の引っ越しはちょいと苦しいものなのです。まあ、少し決まりかけているのでほっとはしているのですが。本年もよろしくお願いいたします。1月も早半ばですね。

変わっていく

色々なことが変わっていく。このままでいいと思ったことが変わっていくのが時の流れというもの。などということを近頃考える。経済が大変だ。いい時もあれば、悪い時もある。それが、独立で生きるということなのかもしれませんね。

で、経済が大変だと人は離れていきます。資本主義社会の道理なのですね。で、今劇団も生活もぎりぎり喘いでいます。で、惨いことになるかというと、そんなに冷たくもない。けれど冷たい。なんてことを肌身に感じるのですね。励まされたり、突き落とされたり、色々です。

さて、来年が間近。劇団を今一度見直して、再出発の準備長野県佐久市での活動を中心に、地方都市での活動を視野に入れています。東京新聞で「私の東京物語」が12月14日より始まります。いま一度東京での悪戦苦闘を書きました。なんだか苦労の連続。やや悲しくなります。ファイティング66のタイトルを付けました。妻はボクシングのレフリーの資格を取りました。で、だから何がどうということもないのですが。新たな物語を語れるような気がしています。

もうすぐ師走。慌ただしい季節になります。11月準備の時間です。

日々の暮らし

日々の暮らしが楽しい。と書けばそろそろ死期も近いのでそういう心境に立ち至ったか、などと思われそうだ。食事の支度が楽しみになる。きょうの夕飯のことを昼には考える。
3時過ぎには買い物。4時半には支度が始まる。ずいぶん暇だと思われそうだが、これでも今は結構忙しくしている。いろいろな話が飛び込んでくる。書いた小説の新たな映画化、新聞での連載。
大学の授業もそろそろ始まる。べっかんこおにの公演。高校演劇、アマチュア演劇の審査。新たな一人芝居の公演。ね、結構忙しい。だから、暮らしが大事になる。日常の暮らし。特に私の場合食事。
暮らしは、まずは食うからはじまるのですね。子どもたちはバカスカ食う。嬉しいのだが、経済が心配になる。米の量が半端ではない。あっという間に5キロはなくなる。肉も野菜も魚も安くはない。
時々北海道からかぼちゃやトマトやメロンが送られてきて、感激する。20年ほど前に妻がスティーした農園から年に二回は必ず送られてくるのだ。ありがたいことだ。
その昔は着るものだって、縫ったり,繕ったりして、自分でなんとかしたものだ。肉も魚も野菜も自分でなんとか、などとふと考えたりするが、まあ、無理かなあと諦める。
日々の暮らしである。もちろん洗濯もやる。提案したい。60過ぎたら家事に専念し、暮らしを楽しもうと。その間に芝居や映画や小説や、なんだかんだが挟まって煩う。というのがいいね。
食うことはどんな環境でもつきまとう。独りぼっちになっても、大勢でも、ともかく生きていれば食う。だからそれを一番のお楽しみにしたいと思ったりするのだ。どうせ食うのだからね。
寝る楽しみも最近わかってきて、朝子供を送り出してから二度寝して、さっきまで見ていた夢の続きを見たりする。
暮しの手帖という本があったな、今もあるのだろうか。暮しの手帖。なんだかいいタイトルだね。人間は暮らせていけばもうそれで、全て良いとは言わないけれど。暮らすという言葉が最近引っかるのだ。
劇団日暮らし。なんて名前が浮かんだりしてね。さあ、今日も暮らそう。これから買い物と、夕飯の支度。かぼちゃと肉の炒め煮。それからサラダはなににしようか。メインは魚で・・もう一度いいます暇だってわけじゃあないんですよ。今週は土曜に久喜で「べっかんこおに」の公演。稽古も真面目にやっているのです。

牧野富太郎

植物学者として知られる牧野富太郎のことを調べている。様々な本を読んで天才とはこういう人のことを言うのだと思う。破天荒、常識では考えられないようなことをやっている。

山にこもり命がけの植物採集。実際に植物に触れることによってしか得られない知識を持つ。物心つく前に両親を亡くしている。きっと草花が心のよりどころだったのだろう。草と話し、草に包まれた幼少時。私は草の精と言ったが大げさなことではない、心からのものだったような気がする。ジョンレノンも早くに両親と別れ心のよりどころを音楽にした。こういう環境が天才を生むのかもしれない。

雑草という草はないという有名な言葉があるが、私は昭和天皇の言葉だと思っていた。昭和天皇は終生、牧野氏の植物図鑑を手放さなかったそうだ。手書きの細密画を見ただけで圧倒される。ディフオルメされていない。植物そのものの姿を丁寧に、植物からの伝言のように描いている。これを見ると植物の精と言っていることが納得される。小学校しか行っていない学歴で東大の研究室に入り、長い間講師をやり、80歳に近いころ博士となる。波乱の人生だが、子供のころからただ真っすぐ好きな道だけを歩いてきたことは驚愕するが。そこが天才なのだろう。ものすごい借金の山だったらしいが。牧野氏はなんと貸した方が悪いとまで言って、一歩も引かず研究をつづけたのだ。毎日93歳まで深夜まで仕事をしていたという。もう植物から生かされ、植物から何かを頼まれていたのかもしれない。

そんな感じさえする。奥さんのさえこさんは 13人の子を産み悪戦苦闘の末55歳で亡くなっている。この奥さんのことなどをもう少し考え、戯曲にしようと考えている。

べっかんこおにの公演が三軒茶屋で終わった。次回東京工芸大学、風の谷絵本館、久喜市、そして年末には新潟県上越での公演が決まっている。国外での公演も模索している。

暑い夏、演劇のことを考えている。演劇を進めている。稽古場の問題。劇場の問題。社会とのつながりの問題。社会にどのように貢献できるのか、そこが勝負だと思っている。もはや演劇はインテリたちから解放されなければならないと思っているのだ。出発進行である。

ビートルズ

渋谷の劇場にビートルズトリビュートバンド・レット・イット・ビーというのを観に行った。いやあ、面白かった。私の誕生日にと妻と長男からのプレゼント。予想していたより演奏、歌上手く。ビートルズの世界を満喫した。客も満席。それにしても、いかにビートルズが画期的だったかがよくわかった。一緒に行った長男も、感激。全然古くないねと言う。ビートルズというバンドがどのような戦い方をして、支持を得たのか、一つ一つの楽曲を聴いていてわかるような気がした。サージェント・ペパーズの衣装で歌う「ザ・デイインザライフ」などというのはライブではじめて観て鳥肌がっ立った。もの凄い曲だったのだ。それにしてもビートルズ。私が中学生の時が全盛。それが今でも、私の息子にまで届くような曲を作ったのだ。サービスで創ったとジョン・レノンが言う曲ほど。いまでも普遍性が感じられる。後にビートルズが解散して個人で好きなように作った曲のほうが古びて感じるのは私だけではないかもしれない。芸術というのは関係性なのかもしれない。人の視線を感じながら創造する。そのバランスがビートルズの場合初期に作った数々の曲の中にあるような気がした。観る側と創る側の緊張感。そのバランスがビートルズなのかもしれない。歌の上手い二人の歌手がいたこともビートルズの強みで、多くのバンドはボーカルは一人というのが大半だ。渋谷のシアターオーブという劇場でもの凄くいい時間をもらった。ヒカリエという近代的な建物の中で、60年代~80年の頃までの時代に遡る。終わって外は変わりゆく渋谷の街。ビートルズは不思議な事に近代化された渋谷の街にもフィットするのだ。改めて思う。ビートルズの活動そのものが大きな芸術であったのかもしれないと。毎日垂れ流されていく表現の中で何が残り、何が残らないのか。残ろうと思って作ったものが何も残らない。残らなくてもいいと思った表現が結果的に残っていく。ビートルズを聞きながらそんなことを考えた。

猫との生活

我が家の猫。名前はヨウカン。オス猫。今年の8月で二歳になる。近頃やや人間化している。まあ世界は家の中で他の猫と会ったこともないので、猫であることも忘れるのかもしれないね。

帰ってきて家族は二階でテレビ。誰もおりても来ない。一人でビールなど飲んでいると、二階から降りてきて「お帰りなさい」とかなんとか猫語で話しかけてくる。「今日は何かいいことあったか?」聞くと、ニャゴニャゴ応える。「そうかそれぁあよかった・・」などと話す。まだ言いたいこともありそうだ。猫が家に来て、ゴキブリがいなくなった。冷蔵庫の下から出てくるゴキブリは猫が殲滅。猫パンチで皆退治してくれる。時々干からびたゴキちゃんが、冷蔵庫の傍で息絶えているのを見つけたが、どうやら猫の憂さ晴らしになっていたようだ。ハエも捕まえる。食うわけではないのだがともかく捕まえて弄んでポイ。役には立っているのだ。朝寝をしていると布団に入ってくる。やや申し訳なさそうに。「ちょっと失礼します・・」とえんりょがちに入ってきて寝る。やたらに話しかけてくるので、息子たちに返事ぐらいしてやれと言うと「何言ってるかわからないんだよ」と次男。いいんだよ「そうかそうかそりゃあよかった」とかいうと満足するんだから。そう言うと次男も時々「わかったわかったよかったね」とか猫に言う。猫も満足してますます話すなんてこともある「ニャンニャン・ニャーゴ・マーオ」「うん・・わかったよ。今忙しいからちょっと向こうに行っててくれない」「ニャン?」「うるさいんだよ」 昨夜の長男と猫の会話。

時々シャワーを掛けて丸洗いする。子猫の時は大騒ぎだったが、今は楽しみにしているようで気持ちよさそうだ。妻が好きで付きまとう。妻がトイレに入れば。外で待つ。足元でじゃれつく。甘える。オス猫なので女が好きなのかもしれない。妻の頭の上に乗っていたのには驚いた。人馬一体ではない人猫一体となっていた。外に出たことがないので、外が怖いらしい。が、窓から外を見て、外の空気を体験してはいる。時どき家の周りにやってくる野良猫はマイクタイソンの様な顔。とてもうちの猫には太刀打ちできそうもない。猫を見ていると、気持ちが休まる。「まあ、人生じたばたしても仕方がなし。猫語の習得を考えて・・・」などと、じっと猫を見る。「いいんだけどさあ、たまには高級なエサも買ってきてくださいよ。少しは稼いでね」と猫に言われて少し焦る。今日も猫と家で留守番。猫は長男のベットでごろ寝。私は土曜の「友情・ある半チョッパリとの45年」の稽古です。

クロウマン

一昨年書いた「クロウマン・鈴森善彦の冒険」が少し動きそうだ。というより動くように今一度動き始めた。元々映像化したいと考えていた作品で、映画監督やプロデューサーに働きかけようとしている。さえないサラリーマンが会社をリストラされ、不思議な少女と言葉をしゃべるカラスと出会い。大きな会社の秘密を暴くという。まあコミックにもありそうな物語なのだが、読み直すと自分で言うのもなんだが、力の入ったいい小説になっているのだ。今年は書くほうにも力を入れて環境を整えたいと考えている。地方都市に拠点を持ちたいとも考えている。

春。少しづつ暖かくなっていく。梅はもう満開だ。桜はもう少し・・・などと言っているうちに寿命尽きるのだろうか、近頃切実に思う。一緒苦労して仕事をした俳優があっちの世界に行ってしまう。深水三章、大杉漣、左とん平さん。今年の春は知らないのだ。

春過ぎて、すぐに夏。こども達がなんだか成長して、体が大きくなった。長男は背が私より大きくなって、次男は時々長男と間違いそうだ。でかい男が狭い家でごろちゃらしていると鬱陶しいが、まあ、そうやって世代は変わっていくのでしょう。選手交代も近い、などとは思わないで、懸命に虚空に花を刺す。と語ったのは劇作家の清水邦夫さん。書いたり、演じたりなどという行為はそんな感じが強いのかもしれないね。ふと虚しくなる。まあ、生きていくのは虚しいのだけれど、書いたり演じたりしていると虚しさ抜きには、何も出来ないような感じにはなっていくのですね。

で、夜、近所の銭湯に行ったりする。ちょっと知った顔のオヤジと湯船に入って、なんだかホッとするのです。日常の虚しさからふと逃避できるというかね。そういう場所が、誰にでもあるのだろうけれど、私の場合近所の銭湯だったりするのです。

さて、来週から新しい小説を書き始めます。 4月の独演は西部邁さんの「友情・ある半チョッパリとの45年」を演じるつもりでいます。西部さんは見事な自死をしました。

受験

上の息子が高校受験。深夜まで勉強している。一つ目の高校は受かって、それも上位なのでどうやら授業料は免除になるらしい。レベルの高い高校ではないが、まあ,良かったなと。

今日も夕方まで次の高校の受験の為に図書館に行っている。受験の制度そのものが、なんだか人間を振いにかけるようで、納得出来ない。なんて生意気なことを考えて、結局、専門学校のような所に行った。時は学生運動真っ盛りで、その専門学校に受験を勝ち抜いた優秀な大学生が、学校がロックアウトされているために集まっていた。そこで結構もまれ、友人も出来た。

まあ、ラッキーだったんだね。で、息子達に受験なんかやるな、などと言えないで、頑張れなどと言う気持ちになったりする。近所の友人が祝いのケーキをくれたりする。

人間を振いにかけ、社会を作っていく。というシステムはいまでも、なんだか納得はできないでいるのだが・・・遠い未来には今のような制度は無くなっていると思うが、では、どうやって社会を、人間の社会を作っていくかというと、どうにも悩ましい。ダメな奴を見つけ、頭のいい人間を見つけるシステムが、どうやって出来るんだろう? 生まれた瞬間に脳みそをスキャンでもして、大体のことはわかる、などという未来が来るのか、で、それで、その人の運命が決まる。というのも、なんだか恐ろしい。

走るのが速いとか、遅いとかは努力してもどうにもなるものでもない。演じるなどというこもそうで、あまり努力と関係ないような気がしないでもない。で、受験。やっぱり努力なのかねえ。

うちの息子も夜中までやってなければ、試験には受からなかったんだろう。けれど、それで人間の価値が決まるというわけでもない。

いやはや、難しい問題ですね。で、結局息子が努力してるので、こっちも酒をやめたりして、少しの努力を共有しているのだけれど・・・だからと言って。試験には受からないってこともあるのですよ・・・。

と、ぐずぐず言ってるが、授業料免除は助かる。今日は家で焼肉でも食うことにしよう。

2月もそろそろ半ば。3月3日に私も独演会。努力していい作品を作りますので、いらしてください。

三茶の前回と同じ喫茶店。今回は食に関するいくつかの戯曲を読み、演じます。

アルバイト

十代の頃新宿のレストランで働いたことがある。アメリカンスタイルの先端の店で忙しかった。当時珍しかったBLTサンドや、ミルクセーキ。といってもアイスクリームを攪拌してイチゴだのチョコレートだのを混ぜたもので、今ではよく見るが当時はなかったものだった。物凄く流行って皿洗いも半端ではなかったように思う。当時は洗浄機などなかったしね。ジャガイモもナイフで剥いていた。というような経験をして、今65歳で、あるところで皿洗いのアルバイトを始めた。十六歳のころの経験が蘇って、それほど苦ではない。何時間かの奴隷である。高級な店なので、仕事は丁寧だ。野菜の扱いも丁寧に、赤ちゃんを扱うようになどと言われ、そう思ってやってみると野菜とはこんな顔をしていたのかなどと発見したりするのだ。

いい年をしてアルバイトもちょっと恥ずかしいが、そんなことも言ってられない事情もあるのですよ。悪戦苦闘した本も上がったが、いつ出版できるのかは、まあ、わからない。出版されれば売れると思っている作品なんですがね。なんてことで、2ヶ月近く閉じこもって家で仕事。気が付いたらポツンと取り残されていた、なんてことになったりしているわけです。

時間が出来て、今月から月一独演会をやります。1月20日に「べっかんこおに」 三軒茶屋の外れの小さな喫茶店です。ここから出発する気持ちで始まります。

ここでの活動から次に進もうと思っているのです。新作も用意しよう。新しい芝居の準備です。年末に深水三章さんが亡くなった。70歳だ。12月10日に新宿で二人で飲んだ。一緒にやろうなどと話したばかりだった。息子が「お父さんの知り合いよく死ぬね」と心配顔で言う。親父もそろそろかと思うのかもしれない。10歳の息子に「お前が20歳までは生きてるつもりだ」と言うと「どうかねえ」と苦笑いした。

まあ、踏ん張るつもりです。三茶の外れの店にどうぞいらしてください。今年もよろしくです。