安藤昇という生き方

中学校の時のやくざな友人から「、映画俳優安藤昇」という本をもらった。安藤さんは僕らの世代だったら知らない人はいないだろう。
渋谷の安藤組の首領で、特攻帰り、学生やくざとして知られていた。様々な事件に絡み、ある意味ダークヒーローであった。
その安藤さんが役者に転身し、成功していく。インタビュー中心の本だ。役者なんてやくざと同じだよ。字だって一字しか違わない。安藤さんが言うと説得力がある。
大正生まれだから、90歳は過ぎている。いまだ健在である。昭和の時代。何千万円単位の金が動き、それをばくちに使う。女に使う。半端な額ではない。
想像もできない世界に生きている。戦争真っただ中で生きた安藤さんは、死を見据え、覚悟して、戦後を生きた。それは半端な覚悟ではなかったような気がする。
そのことが、多くの人たちの気持ちをひきつけ、500人にも上るといわれた安藤組を率いることにもなるのだ。
安藤さんの言葉を読んでいて、思ったのは、金についての事だった。スーパースターと言われる人たちは、大抵莫大な金銭にバランスを崩す。エルビスプレスリーは道行く人やガードマンに、ピンクのキャデラックをあげて歩いたり、何千万もする指輪をコンサートで投げ捨てたりしている。安藤さんも競馬場で使う金は常軌を逸している。しかも負けている。金をばらまいて自らのバランスをとっていたのだろう。マイケルジャクソンも金の使い方で死んだような気さえする。
スーパースターは金に殺されるのだ。そんな金など縁はないが、人間が持つ金というのは限度があるような気がする。それを越すと、バランスを崩すのだ。
そのうちに、資本主義の社会でも、個人が持つ限度額というのが決まるのではないかと思ったりする。何かのはずみで、ものすごい金をもらったところで、一生などはせいぜいが90年と考えたら、使い切れるものでもないのである。
まあ、その一族に金が回って・・なんてことも考えるが・・・安藤さんは、ばくちにこそばらまいたりしていたが、バランスが取れていたのだろう。というより、死を前提に生きていた安藤さんには、崩すような精神など、初めからなかったのかもしれない。私は会ったことがないが、ある女優から聞いた話によると、女は安藤さんに睨まれたら、蛇に睨まれた蛙同然。身動きできなくなって、言われるがまま、の気持ちになるというのだった。
何ともうらやましい話だが、男の放つ妖気のようなものを安藤さんは持っていたのかもしれない
さて、7月になって仕事も一段落。「べっかんこおに」」の稽古も始まりました。7月25日甲府。8月1日スタジオAR。8月8日福島県喜多方にて上演します。
又、スタジオARを中心に上演のための教室も開催します。秋からスタートの予定です。
それにしても、若い時の安藤さんの妖気を直に感じてみたかった。私の知り合いに、元安藤組にいた人がいるが、今度ゆっくり聞いてみることにしよう。

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