木のこと

夕べラジオで、木の図書館があると聞いた。神保町にある農業書専門の店に時々行くので興味があって聞いていた。
木林館というところで、そこの主催者の話は楽しかった。新宿御苑の木に登ってプロポーズをした話や、木にまつわる話は楽しい。
木。小学校のときの教室の前の大きなヒマラヤ杉のことを思い出す。その根元に彫った女の子の名前。今もあるかななどと思う。
家の周りの小さな空間には木がたくさん生えている。シュロ、金柑、ゆず、びわの木。他にもあるのだが、名前がわからない。
雑草という草はない。と言ったのは牧野富太郎だったと思う。木の名前くらい覚えなければと思うのだが、調べるのを忘れて時間が過ぎる。
木はいつでも自分より高く、根元に立てば見上げる形になる。一緒に空も見えるわけだ。木は寿命も長いので一生の付き合いなんて木もあるだろう。
木に登るなんてことをずいぶんやっていない。まあ、私の年だと落ちたりして、致命傷になりかねないので、木に登るのは考え物だが、どいうわけだか、子供のころは意味もなく木に上ったような気がする。近頃見ないなあ、木に登っているガキ。幼稚園に通っているころ、その通う道に真っ白な木があったのを覚えている。その木はいまもあって、時々見上げる。その木の下にくると、小さな幼稚園の自分が蘇って、時間の流れの宇宙的な感覚を実感する。その木は私の幼稚園を見下ろしていた。
木が生きているなんてことは普段実感しないが、ついこの間風の強い日。私の家の窓の外の木が揺れて、なんだか悪魔的な影を窓に映してているのを見ているうちに、木が生きているなんてことを実感したのだ。奥多摩に取材で木を切りに行ったことがある。切った後に、皮をむくのだが、その肌の白さのなんと色っぽかったことか。木は生きている。
毎日の生活の中に木は入り込んではいないのが現代だが、その昔は木は貴重なエネルギー源であったし、建築の中心でもあった。夕べラジオを聞いていて、せめて家の周りの木の名前くらいは覚えておかないと、木に失礼なのではないだろうか、なんてことを思ったりする。
私の住んでいる町にも印象的な木が何本かある。まずその木の名前を覚え。その木の下に行って、ちょっと見上げてみようかなどと、夕べのラジオを聴いているうちに思ったことだった。

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