週刊誌であと10年で消える職業、なくなる仕事、という記事を読んだ。ホテルの受付。レストランの案内係、訪問販売人、露天商、集金人、レジ係り・・といった具合。見回せば、ずいぶんと消えていった仕事、職業があるような気がする。私の父の妹はバスガールだった。バスには切符を切ったり、笛を鳴らして、バスを誘導する女性たちがいた。子供の頃一度、その妹がバスを誘導している姿に出くわしたことがあって、なんだか誇らしい気持ちがしたことを覚えている。この仕事も無くなった。東京オリンピックの頃、工事が進む東京で、実際に「オトウちゃんのためならエンヤコーラ、おっかちゃんのためならエンヤコーラ」と声を合わせて、なにやら、重たい大きな木材を何人もで引っ張って、土に音を立てて打ち立てていたのを見たことがあるが、これも消えた、職業というか行為というか、だろうと思う。ネコという、セメントや何かを運ぶ道具も近頃見なくなった。工事現場の様相が変わった。駅の乗り降りも、劇的に変わった。切符を切る人もいなくなった。カードの普及で、販売機で切符を買う行為も減った。てなことをぼんやり考えて、世田谷線。子供たちを連れて行った温泉施設の帰り。女性の車掌さんが目に入る。この女性が楚々とした、実に美しい女性で、若かったら、きっと花でも手渡したい等と思う車掌さんだった・・この仕事も、後何年あるのだろうと考える。昔は、エレベーターにも女性が乗っていて、デパートなどでは案内をしてくれたものだ。このエレベーターガールも消えた職業の一つだろう。とび職という、工事現場の足場などを組み立てる仕事も見なくなった。私はこのとび職の見習いをやったことがある。
こうやって、どんどん仕事が無くなる。特に単純な繰り返すような仕事がなくなるような気がする。例えば、配達のような仕事。いずれ、小さなヘリコプターのようなものが町を飛び回り、荷物も届ける時代がくるという。
単純、というか、流れ作業のような仕事がなくなるのだろう。私は、結構、ただ繰り返すような仕事が嫌いではない。家業が小さな町工場だったので、そういう仕事を、見るのも、やるのも慣れていて、そういうことをやっていると安心できる気がする・・俳優という仕事も、なにか変わることもあるのだろうか。100年もしたら、昔の俳優はセリフを暗記していたらしい、なんてことが言われたりしてね。
さて、この10日ばかり、来年度の予定を立てたり、提出したりと、閉じこもり。体の調子はいたって悪い。起きている時間より寝てる時間のほうが多いなんて日々が続いた。体を使う、俳優の仕事がなくてよかったと、この10日は本当に思った。声も満足に出なかったのです。それにしても、人間的、というか、牧歌的というか、そういう仕事が減って、複雑に考えなければ生きていけないような時代を生きる・・子供たちを見ていると、大変だなあなどと少し思ってしまう。小さな、こつ、どんな仕事にもそういうことがあって、喜びがある。おっとちゃんのためなら・・と声を合わせるのも、微妙なこつがあって・・微妙な小さな、ささやかな仕事が姿を帰していく。
俳優という仕事も、どうなんだろう、微妙なささやかな仕事だから・・いずれ・・などとも思うけれど、マア、今世紀中はある仕事でしょう。微妙なささやかな俳優はいらない、とはもう言われる時代ですがね。
寒くなってきました。ストーブ出しました。コタツはまだかな。体調整えて、年越しの準備ですね。
消える職業
2014年11月10日
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