ここのところ自宅での稽古が進んでいます。昨日は中学生や高校生の女の子が来て「仙人・・」の稽古。昔、私の劇団に居た二枚目俳優の娘がやってきました。 セリフの癖まで似ているのには驚きました・・・時は流れます。この「仙人・・」という芝居は歌が重要なポイントになっています。今回、福田善之さんに演出 をお願いしているのも、実は歌がポイントになっています。
私が福田さんに惹かれたのは紀伊国屋ホールで毎年のようにやっていた「夢の渡り鳥・・」シリーズ。大衆演劇と新劇とミュージカルと、なんだかごった混ぜに なったような舞台。色々と時代があって、福田さんは独自の道を進んでいくわけです。私はその独自の道にシンパシーを感じるのです。小松さんも独特のスタン スです。現代の演劇の中心があるとすれば、どちらかといえば、そこからずれている。現在、2004年。私は福田さんや小松さんが新しいと考えています。そ の新しさをほじくりかえしたいと考えています。
二人に共通する事があります。歌です。必ず歌が劇世界に登場する。歌、唄、詩、詠、謳、謡う。前回の芝居でも私は歌に付いて少し考えました。今回も歌がポ イントになるような気がします。私はただ舞台で謡えば良いと言っているわけではありません。体から声が出て歌になる過程にとても興味があります。7月に新 作を交えて5本の小松作品を上演します。全ての作品に歌が登場します。歌には色々な要素があります。気をつけないといけません。劇薬です。うまく利用され てしまう。エスキモーには歌がないといいます。(人と合わせて合唱する事ができないと言います)人間が個で生きていく時には歌は必要がない。エスキモーは 村社会とは無縁です。俳優はどちらかと言えばエスキモー的です。実は群れることを嫌う。歌を否定するような所に居る。で、今回私達は歌うのです。演劇の多 様性、心の様々なありようを、歌に集約する・・などと大袈裟な事ではありませんが、歌を通じて「個」「声」「体」「関係」を考えようと思っています。
2004 年 1 月 19 日 (月)
2013年3月6日
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