昨日、うちの鳥海君が出ている、舞台を観る。よくやっていた。緊張した、いい感じで舞台に立っていた。戦争、戦中の話。今、戦争を語ることは、大事のよう な気がする。どんどん、戦争、戦後の体験が忘れられる。知っている人が少なくなっているということだ。何日かまえ、近所のお風呂屋さんに、昔の三軒茶屋近 辺の話を聞きにいく。なんと、先祖がこの辺りに住んだのは、鎌倉時代に遡るということだった。戦争の話を、とつとつとしてくれる。「家の煙突をB29がか すめていく、昭和女子大辺りに高射砲があって、撃つんだけど、とどかないんだよ。その様子をここから見ていてね。向うは一万メートルの高度。日本は九千 メートルしかとどかない。手前でポンと爆発さ、でも時々、破片が当たるんだね、飛行機にあたる事もあった。日本の飛行機は突撃だよ。体当たり。それをここ から見ていたんだよ。何にもなかったんだよこの辺りは・・」なんて話を。その頃十歳位という、おじさんと話す。そう言う話を、あと10年もしたら、本当に 生で聞けなくなる。戦争が遠い物語になり、町の様子も忘れられる。そういうふうに進んでいくのだが、昨日見た、芝居は、記憶をもう一度捉えなおすといった 意味はあったと思う。ただ、それをどうやって演劇に昇華できるか。そこが勝負どころかもしれない。
2007 年 3 月 21 日 (水)
2013年3月7日
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