朝、7時半起床。わりとゆっくり朝食。9時半に家を出て、近所の神社に行く。鬱蒼とした神社の広場でセリフを言う。通して約2時間。昼前にうちに戻り、松 蔭神社の稽古場にいき2時前~通し。なんだかんだと5時前に終わって、家に帰る。というのがここのところの日常。一人芝居は何度もやっているが、今回がた ぶん今までで最も長い時間。よくやりますね・・などと言われるが、一人芝居は子供の頃からやっている。子供の頃、変な癖があった。たとえば映画を見る。そ れは、全部再現しなければならない。近所の砕石工場などの砂山などに行って、見てきた映画を再現し、新解釈織り交ぜて、一人で何日か掛けて演じる。これは 密かな楽しみで,十代の半ばまで続いた。友達と遊ぶ約束があっても、何とか時間を作って、一人でやるのだ。映画に限らず、まったくの創造だったりすること もある。一人で遊ぶ楽しみ。俳優は結構そんな奴が多いいような気がする。そういう癖の延長線で俳優になったのかもしれないなどと考える。好きな作家,阿佐 田哲也氏のエッセーの中で、手の組み方に色々な意味を付けて遊ぶと言う話がある。手を組むだけで、壮大な物語を考える。あるときは相撲だったり、戦争だっ たり。私の一人遊びもそんな感じで、限りなく広がって、明日が来るのが楽しみな感じになる。マッチ棒やマージャンの点棒などでもよくそのようにして遊ん だ。点棒のちょっとした傷や汚れに意味を付けて、物語を考える・・で、今一人芝居をやっているのだが、子供のときのあの感じは戻ってはこない。子供のとき の遊びは人に見せるということを前提にしていない。見られたら恥ずかしいようなことで。親、兄弟、友達にも絶対に公言できない、おかしな癖のようなもの だった。だから、楽しかったのかもしれないが・・今日も稽古。稽古場には何人かの人がいて、厳しい顔で私を見ている。自分だけ楽しい・・は、ないのだ。
2007 年 6 月 19 日 (火)
2013年3月7日
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