2010 年 8 月 17 日 (火)

長い間入院していた父が死んだ。私とは血の繋がりはないが、子供の時代にともに過ごした人だ。本当に面白い人で、小説でも、こんなことはないだろうという ような、凄まじいエピソードの持ち主でもあった。私の個性の何パーセントかは、この父の影響のようなきがする。晩年は認知症が出ていたと妹から聞いた。そ ういえば、うちの子供に、しょっちゅう送ってきたオモチャはいつも消防車だった。だから家には何台も同じ消防車がある「又、消防車だよ」子供がそんなこと を言った。一のことを十に言うというのは、まさに父で、府中にあるおもちゃ屋の話をした。「なんでもあるおもちゃ屋で、俺が行くと、安くまけてくれるん だ」よくそう言っていた。府中に母とよく行っていたが、いったいなぜ、府中に行っていたのか、誰に聞いても謎だ。府中刑務所ではないかという人もいた が・・そうだとしても、良い思いでではないはずで、母としょっちゅう行く、には符合しないようなきがした。先日、八王子で仕事をしたので、府中で下車し て、父の行きそうなおもちゃ屋を探して、見つけた。昔ながらの古いおもちゃ屋で、入るとすぐに、いつも送ってきていた消防車が見つかった。そこのオヤジに 父の話をしたが、要領を得ず、不審がられただけだった。表に立って、写真を撮った。寝込んでいる父に見せて・・などと考えたのだ。そんなことをした一週間 後に父は死んだ。死を聞いた子供が、消防車を墓に持っていこうと言う。妻は「それよりも、大事にしといたほうがいいんじゃないの」と言ったが。同じ形の消 防車が四台。一台くらいは墓においてもと思ったりするのだが・・・。夜になって、新潟からやってきた古い友人から電話があって、飲む。「さっきオヤジが死 んだんだ」そう言うと。「何度か会ってるよ、面白いオヤジだよなあ」「まあ、たまに会うにはな」ちょっと飲んで「じゃあ、今日は俺が奢るよ」しっかりし た。奢るなどということはぜったいにしない、その友が、香典代わりにと奢ってくれる。父にそのことは報告しよう。
この二日稽古は休み。皆、汗を流して、セットを組んでくれた。あまり顔も出せなかったが、本の直しが終わって、明日はその部分の読み合わせ。新しい歌も入る予定。葬儀は日曜日になって、稽古はいつもどうりに進めそうだ。

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