日がな一日、仕事をしながら、晩飯の準備。ジャガイモ剥いたり、茄子を切ったりしていると、祖母のことを思い出す。小さな工場をやっていた我が家は、いつ も十数人の人が出たり入ったりしていた。住み込みの若いアンチャンも4、5人いた。その全ての食事の準備をやっていたのが祖母で、朝から晩まで台所に立っ ていた気がする。宮崎生まれの祖母は、山育ちで、春先などは東京のうちの近所を一回りすると、山のように、食べられる草を摘んできては、炒めたり、煮た り、天麩羅にしたりして食べた。母にしばらくして、草を食べたいと言ったら、私はお婆ちゃんじゃないから,食べられるものなのかどうかの見分けが付かない と言ったのを覚えている。ふと思い出して、家の近所を歩くと、食べられそうなのが生えている・・・が悲しいかな、見分けが付かない。食のことを考えるこ と、それがこれからのテーマでもあるような気もする。食料自給率の低下は深刻な問題で、考えなければならない。次のステップに向かう為、悪戦苦闘してい る。食事を作るのは、ほんの少しの合間。大事な時間でもあるのだ。今月はありがたいことに仕事が重なっている。踏ん張りどころでもある。一人芝居の準備も 着々。来年の日程も煮詰まってきました。
今日は下の子供の誕生日。近所のお好み焼き屋の個室を借りて、ささやかな誕生会。今日で5歳の男は近所のガールフレンドと今日も家の前にビニールシート敷いて、ご満悦。今年も残り少なくなりました。
2011 年 11 月 10 日 (木)
2013年3月8日
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