家の近くに世田谷公園という広い公園がある。その公園の前にあるバス停の前を通ると思い出すことがある。ずいぶん昔の話だ。当時私は、学校にも行かず運送屋で働いてトラックを運転していた。たまたま、通りかかったバス停の前に、中学の同級生だった女が立っていた。その時の立ち方。体の線までどういうわけかよく覚えている。やや胴長の彼女はうっすらと髪の毛を染めていた。セーラー服を着ていたから高校生だったのだろう。トラックを止めて、彼女を助手席に乗せた、私はたばこをふかし、セーラー服の彼女に勉強しろよとかなんとか言ったんだと思う。学校に行っている。それだけで、私にとってはまぶしく。なんだか遠い存在のように思えた。セーラー服の胸のふくらみも、なんとなく気になった。それほどに、なんだか彼女は色気があったのだった。ずいぶん経ってから彼女は中学の時に、年上の男と二人で家を出て、当時の女の子たちから驚かれたなどと言う話を聞いた。その後、中学の時の同級生と結婚し、離婚し、バーのママになって借金があり・・・などと言う噂を聞いた。それから今はどんな婆さんになどと、そのバス停を通るたびに思い出すのだ。助手席に乗せた彼女を学校に行かせず、トラックで海にでも行こうなどと誘って、葉山あたりに行っていたら・・今頃どんな、などとも思うけれど、ただそれだけの事だっただろうと思う。その時の彼女はいきがっていた私より、男と女の事では大人のような、なんだかアンニュイな雰囲気を醸し出していた。今も同じ場所にあるバス停。50年近く前のはずなのに、ベンチのあるそのバス停の佇まいは変わっていない。家の周りに、いくつかそんな場所があって、時々佇んでしまうようなことがある。ちょっとした断面が昨日の事のようによみがえったりする。年寄りになったということなのかなあ。
まあ、人間は今のその瞬間以外はすべて過去。なんていわれたりするからね。
福島の喜多方に一週間ほど滞在した。古い蔵の街。泊まったのも蔵を改装したような民家だった。路地を歩くと、古い古い蔵とか倉庫が出現する。明治時代の初めに造られたと言われる蔵。そこにはどんな思いが詰め込まれて、などと空想する。公演場所も味噌蔵を改装した建物の中だった。人間が古くなったせいか、古いものに敏感になって味噌蔵の中できっと蠢いた人の息遣いが気になったりする。「べっかんこおに」いい場所での公演でした。野村さんのクリスタルボールの響きがいい感じで味噌蔵を包み込んで、今までとは又雰囲気の違った公演となりました。次回は中軽井沢での公演です。15日を過ぎるととたんに狂ったような暑さは去って、夜、涼しげな風が吹き抜けます。あっという間に秋になるのでしょうね。
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