手相

二年ほど前だったか、銀座に絵を見に行った帰り、銀座通りで、手相五百円の張り紙につられて手相を見てもらったことがあった。ほうほうなるほど、と、見て、生命線は長いのと短いのが片手づつ違うなどといわれ、短いほうは過ぎたので、長生きするなどと言われ、知能線は複雑でなんてことで五百円払ったことを覚えていた。
最近のことである。下北沢を歩いていたら、ガード下に手相見が座っていた。なんとなく通り過ぎてどのくらい歩いたか、後ろから声がする。「あのう!すいません!手相見せてくれませんか」
振り返ると、座っていた手相見のおっさんが、私に話しかけてきたのだ。新手の呼び込みと思ったが「私はあなたのこと知ってるんです。鈴木さんですよね。二年前銀座で手相見たのは私なんです」
ようやく思い出した。「実は私鈴木さんの芝居見てるんです。銀座のときは知ってると言いそびれて・・・で、今通りかかったものだから声かけたわけでして。もう一度見させてください。もちろんサービスで」
というわけで、もう一度改まったわけだが・・その日言われたのがソワカの法則 掃除と笑いと感謝だそうだ。朝とにかく背後霊にむかって「ありがとうございます」を十回。声を出して言ってください。便所の掃除は毎日やってください。後は笑顔でお願いします。とお願いされたのだ。そうすれば、必ず鈴木さんに大きなお金も入ってくるし、運もよくなり、子供たち、孫にまで幸福が・・などと切羽詰って言われたのだ。どういうわけか、手相見のおっさんは、お願いします。と手を合わすのである。宗教の勧誘と言うわけではない。もちろんお金は要りませんで別れたわけだが・・やっぱり気になって・・・もしかしたらそうすれば本なんかも売れたりするんじゃないかと、神頼みの気にもなり、それから便所の掃除、ありがとう十回、笑顔くらいは簡単なので、今や日課となった。便所も掃除しだすと、やりがいがあって、木の柱をごしごしやってみたら、元はこんな色をしていたのかと驚くほど白くなったりする。芳香剤も増やしたり、便器も磨いたりしていると運もよくなって、と、情けなや、神頼みの人生になったかと、やや悄然となるが、まあ、悪いことやってるわけでもないのでいいかと、日々続けたりしているのですよ。で、ここのところ、便所掃除の効果が出たか、やや忙しく、忙しくなると、うっとうしくなって、年齢でしょう。遊んでいたくなる。若ければ忙しいのが楽しくてとなるのだろうが、金を稼ぐのが面倒といったら贅沢だが、余命いくばくの私の人生。できるだけ、忙しくなく、緩やかになどと思ってしまう。仕事がとんだりすると、若いころなら悔しさに地団太踏んだが、今やよかったなどと思ってしまう自分がいるのだ。近頃小沢昭一さんの「もうひと花」というエッセーを読んだ。役者でもうひと花といったら売れること。だと考えるが、小沢さんのもうひと花は子供のころの純粋な生活に戻れること。それがもうひと花なのだった。子供の時代。それは黄金の時代。黄金の記憶。もうひと花。人生に黄金のときを願った小沢さんの気持ちはよくわかる。そわかの思想は悪くないので、感謝して掃除して笑うことにしている最近の日常なのです。

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