近頃思う芝居のこと

芝居を見に行くと、いったいこれは何のためになどと思ったりする。確かに俳優たちは真摯に立ち向かっている。全体的にもそうだろう。けれど何のためにと、ふと思ったりするのだ。
自分のためにやっている、俳優の挑戦。それを見るのも楽しみではもちろんある。で、社会ということを考えて、いったいなんだろうかと考え込んだりする。
児童劇はわかりやすい。子供たちの情操のため教育。だからそのためにスタッフ、俳優全力でそのことに貢献している。
エンターティメント。たいして面白くもない日常に楽しみを、と考えれば、汗だくの俳優の挑戦を見ることもたのしみでもある・・・で、真正面からたとえば反権力。反なんとかはわかりやすいのだが・・何も芝居でやらなくてもなどと思ってしまう自分がいる。例えばビートルズは女の子をキャーキャー言わせるために、全力を尽くして見事にあたって、金を手にして、なんてことのほうがわかりやすいか。
芝居は実演で、その場その日によって実は違う。そのことが本当にはわかっていないのかな、と思うようなこともある。では、毎日変えればいいかというものではもちろんないのだが、映像の人は撮った時点でもう過去なので、まあ、過去を再生するしかないのだが、実演は違う、そこのところが根本的に違う。実演は現在そのものなのだ。
で、これは何なのか・・・は、やっぱり付きまとう。現場の人間がそんなこと言ってたら、などと思うけれど、ここ7ヶ月ほど現場からというか、集団でやる芝居から遠ざかってふと思うのだ。
芝居の準備が始まった。なんとか今を切り取って、今を掬って、それで、日常に少しばかりの穴を・・・と、欲深く思う。ベテランの制作者と会って、今の自分の気持ちを少し話す。
話しているうち誇大妄想的偏執狂的詐欺師的気質が隠せなくなり、ぺらぺらしゃべって、新宿あたりの街角で茫然自失となったりするのだ。
近頃芝居を観て思うのだ・・・これがいったい、生活と何の関係があるのかなんてことを・・・。年をとったという事なのかねえ。まあ、ぼやくのもたまにはいいのだと言い聞かせることにします。

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