5月になりました。一年で好きな季節です。色々なことの準備が始まる季節です。今日は、朝から、家の近くで取材。「昔、この辺りに、狸を飼っている家が あってね・・でそのすぐ側に、狐を飼っている家があってね・・」冗談ではない。本当の話なのだ。そのうちに、動物話になって、犬の話になる「生活会館の質 屋の階段の上のほうに、野良犬の溜まり場があってね、親分のでかいのが上のほう、手下のちっちゃいのが、何匹か下にいて、私は犬に威されて、遠回りして、 家に帰ったものです。それ以来、犬が嫌いになり・・」話しているうちに、隣の大きな家の放し飼いの犬のうるささになる、そこの犬のうるささは、私も知って るので、意気投合する。私は、5歳のときにそこの犬に吼えられていらい、いまだに、そこの犬は吼える。昔いた犬が生きているわけもない・・が、吼える。あ いつが来たら吼えるようにと代々、伝言しているわけも無いが吼える。昔、そこにいたスピッツを蹴り飛ばしたのを、今の犬が・・なんてことはないだろうが、 その話をしたら、昭和10年生まれのおじさんはわが意を得たり。大体、あの家の犬は性悪でと、盛り上がる。生まれも育ちも、三軒茶屋で、明治の終わりか ら、隣同士。隣同士だから、大きな声じゃ言えないが、と、隣に聞こえるんじゃないかの大声で、犬の悪口。そうだった、昔は犬には犬の生活があった。夜にな れば、町に放たれた犬たちは、たむろして、犬の社会を作って、時々人間を脅かしたりしていたのだった。で、昭和10年生まれのおじさんは、一生犬嫌いと なった・・小さな、地域の小さな、たわいのない物語が、今、消えてなくなろうとしている。犬には犬の生活。それが見えなくなった。犬に洋服着せてる馬鹿 が、町を闊歩している。
2007 年 5 月 1 日 (火)
2013年3月7日
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