その昔、一緒にやった俳優の森山潤久君のことが東京新聞に載っていた。三国連太郎さんが監督した親鸞の映画「白い道」に主演として抜擢された。その顛末が載っていて、現在は北海道のお寺で坊さんをやっていた。懐かしいので、寺を調べて、電話をすると、すぐに向うから電話がかかってきた。いつもの調子の話し方。今は寺を中心にして、芝居もやっているということだった。素人の人たちを集め、菊池寛などをやっている、ということだった「芝居は、目の前で声を出す。そのことが、いいということなんです。テレビや映画ではない。実際に人の前で演じて見せるということ、そのことが大事なことだということが、今わかるようになりました」そんなようなことを言った。その昔は、なんだか互いに、奇妙な意識で。本質的な話などしたこともなかったが、たった数分の電話で、今の、なんだかお互いの、立っている場所を確かめるような話を大急ぎでした。電話代もかかるんでね。今度ゆっくり会おう。もう俺たちも60を過ぎた。ゆっくり話そう。と電話を切った。時間は早い。、まさか,潤ちゃんが坊さんになるとは思ってもみなかった。まあ、俳優は何をやっても、どうやっても、続けていけるものだということは、私が一番よく知っている。ようは、どう、生きているかということ。そのことが、演技には全て出てしまう。だから、10年でも、何年でも、違う道を歩いていても、俳優という仕事はいつでもやれる。そういう仕事なのだ。潤ちゃんも、もちろんそのことはわかっているだろう。新聞の今の潤ちゃんの顔は、昔より、役者の顔をしていた。負けてはいられないのだ。自分の気持ちに鞭を入れる。
明日は、神社で通し。二人の客の前で全力です。
森山潤久君
2013年8月20日
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