流星ひとつ

沢木耕太郎のノンフィクション「流星ひとつ」を読んだ。藤圭子のインタビューだ。インタビュー当時、31歳だったかの沢木と28歳で引退を決意した藤の二人が、新宿の街が一望できると思われる、ホテルのレストランで語る。二人ともに若い。28歳で引退を決意した藤に、沢木はまだやれると迫る、藤はどうして責めるのかと応酬する。頂に登りつめた、藤に何が見えたんだろう、と聞く沢木・・あたしには何もなかった、と応える藤。
ジョンレノンがやっぱり20代の終わりに、ビートルズで全てを手に入れて、全てをなくした、といっているのと似ている。このインタビューを読んでいて、思う。20代で稼ぎが数億円、何人もの人の生活をも支える立場になって、上り詰めて、何が見えたかといえば、何もなかったというのは、なんだか恐ろしいような・・経済の論理の中で、あの頃に上り詰めた人間がそうはいなかった時代。で、ともかく上ってみて、頂に上り詰めた人が出てきて・・どうだった?なんて素敵な景色でしょうか、と聞いてみたら、何も見えなかった・・なんて答えが返ってきて・・経済を闇雲に成長しようとは思えなくなってしまうんじゃないだろうか。沢木は人生は金じゃないなどと、青草いことを藤に言うと、あなたは恵まれているんだとばっさり切る。金は大事だと。でもてっぺんには残念だけど、何もなかったのだと藤は言うのだ。読んでいると、ふと、胸を突かれる言葉に出会う。15歳から働いて、つっぱって生きてきたのは私に重なる。何も考えないで唄っていた、だからよかったんだ、あれこれ考えるようになったら、それは駄目になったってことだと思う、という藤圭子に共感する。それは何も考えないで働き出した人間の強みであり、弱さでもあるのだ。
11月に入った。30日のために動いている。フルートとクリスタルボウルの演奏が入ることになった。妻は明日から子供の芝居で旅。留守の私たち男三人はぐずぐず言いながら、まあ、仲良く暮らすことになるわけです。しんどいんだけどね。

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