藤圭子のこと

藤圭子さんが自殺した。遠い思い出が蘇った。あれは、17歳の頃だったか、いや18歳になっていたかもしれない。初台にあった照明の会社で働いたことがあった。ラジオの公開放送などをTBSのホールでやっていた。そこで、確か、照明を担当していたのが、当時24,5の男だったのだろうか。フォークの赤い風船とかが出て、最後に藤圭子が登場した。当時人気も出始めていたんだろう、何を歌ったのか覚えていないのだが・・照明の彼は、藤圭子に真っ赤な照明一本にして。当てた。なんだか赤すぎないかと、私が口にすると「いいんだよ。こんなんで・・」と、吐き捨てるように言った。嫌いだとも言っていた。いくらラジオだからといっても、ずいぶん酷いことをやると思ったのだが・・死んで、テレビで彼女の若い頃の歌を聴いているうちに、もしかしたら、あの照明はあれでよかったのではないかと思えてきた。嫌いだといっていたあの男は、藤圭子が好きだったのではなかったか、と思った。ポップだのフォークだのと浮かれていた若い者にとって、藤圭子が好きだ。とは正面から言えない感じがあったのだ。
藤圭子の歌は今聞いても迫力があって、あの頃出てきて消えていった歌手たちとは比べようもない。
それなのに、なんだか、藤圭子が好きだと・・言えないもどかしさが、あの頃の空気にあったのかもしれない・・藤圭子の不幸はそれだったのじゃないか、と思い当たる。好きなのに・・言えない。密かに好き・・といったらいいのか・・あんなに、じっとり、感情のこもったものに・・諸手をあげていいだなんて・・ちょっと恥ずかしい。そんな気分だった。その上、演歌を歌う女とは思えない美少女だった。そのアンバランス。不幸な匂い。素直に好きと言えないなにかがずらっとそろっていたのだった。そういえば、照明の彼は時代の先端を行く、とんがった男だった。でも、今思い出したが、彼は北海道のとんでもない山奥の出身だった。そうなのだ、藤圭子も北海道だったような気がする・・あの、真っ赤なシンプルな照明は。彼女の歌を浮かび上がらせる、彼の精一杯の仕掛けだったような気がしてきた。
それにしても、藤圭子の歌は、改めて聴くと、鬼気迫り、きっと今後も残るような気がする。一人の天才を誰も救うことが出来なかった・・。
さて、今週。山梨の公演。シアターガイアに行くのです。精神のありったけをこめて、45分の語りを貫徹します。夏も、もう少し。朝晩が少し楽になってきました。

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