考える

ここのところ、朝考えることにしている。6時半に起きて、子供たちと朝飯。学校に送り出すと8時半。自分の時間ができる。
もうひと寝入り、とやっていたが、習慣を変えた。9時~11時ころまで、考えるのである。優雅なものだと言われそうだが、私は俳優であり物書きでもある。考えるのが仕事の一つなのだ。
で、何を考えるかというと・・たとえば行きつけの喫茶店で外の景色を見ながら、歩いている人を見て、その人についての物語を想像したりする。走ってくる自転車の色、信号を渡る老人の人生・・取り留めもなく考える、というか妄想する。妄想の時間を意識的に持つ。金のかからない訓練のようなもので、子供の頃から妄想癖があったから、少し楽しみでもある。健康の秘訣は夜考えないこと、と、誰かが言っていたが、意識的に脳を動かすと、夜、何も考えないで、よく眠れる。もっとも、近頃夜は酒を飲むので、気が付くと寝ているというようなことが多いのだが。
父親は変な人間で、一の事を十にもいうような男だった。何事にも尾ひれを付けるので、話は面白いが、正確さというか、誠実さと言うか、そういうこととは無縁な感じがした。私も血の繋がっていないその父の言動に影響されているのか、事実を膨らませて話すのが得意で、ちょっとした出来事を大げさにというか・・だから、まあ、信用されないというか、いい加減な印象を受けられてしまう。で、朝、ともかくいい加減な、荒唐無稽なことをつらつら考えるのだ、黄色の自転車が物凄い勢いで車道を走ってきた。あっという間に前のタクシーを抜き去った、運転しているのは、髪の長い女で・・・などと、自転車に跨った女を見て妄想し、短いストーリーを考えたりする。
去年2月に書きあがった小説を推敲し12月に完成形となったが、この物語もウソと本当が入り混じっている。ウソか本当かわからないというような世界が好きで、読むものもそういう世界のものがどちらかというと好きだ。半分本当なんだけど、うまくファンタジーにしているようなもの。
昨夜、今度一緒にやろうと思っている島本慶さんと飲んだ。いい塩梅な私と同じ年のおっさんで、ウソと本当が入り混じっているような怪しさがある。
4月の十日にスタジオARで一緒のやるのですが、きっと面白いものになるでしょう。2月11日には長野県の善光寺界隈。もんぜんまち劇場という演劇祭のなかで「べっかんこおに」を演じます。花蔵という蔵の中での上演。この鬼の物語も、ウソと本当の入り混じった、私にとっては妄想的ファンタジーなのです。

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